大青峰下山
午前6時過ぎに下山を開始する。ほとんど樹木がない中に白い岩が見え隠れする山頂部は、視界もよいのだが、地図にのっている避難小屋は見えない。20cm程度の太さの丸太を通したり、石を階段状に並べて登山道がつくって、あり歩きやすい。足元の土も、花崗岩地帯特有のざらざらした水はけのよい砂質のものである。
少し下ると左手に建物跡がある。これが避難小屋かも知れないが、見た目は廃屋である。迷彩色の壁と地理的条件を考えるとは何らかの軍事施設だろうと想像できるが、ロープを張ってそちらに行けないようになっている。立て札も立っているが、読めないので分からない。デジカメが使えればとにかくバシバシ撮って後で辞書で調べることもできたのだが、使い捨てカメラのフィルムはあと3枚しかない。この建物の全体像を撮ってがまんする。
山岳地図は、日本のものと表記は似ているが、日本のものがビニール紙なのに対して、韓国のものは表面こそコーティングしてあるが一般的な紙である。だから出したり入れたりして見ていると、折り目の部分がすぐにちぎれてくる。雨でも降ろうものならすぐぐちゃぐちゃになって使い物にならないだろう。日本のものなら簡易雨具としてもはたらくのだが...。
この登山道は幅も広く、岩は花崗岩というよりほとんど長石の深成岩で、えぐられているところもほとんどない、歩きやすい道である。やがて樹林帯に入り、後はずっと樹木の下をひたすら下っていくのである。その標高差は頂上から1300mで、なかなか大変な下りである。下手な歩き方をしていると膝を痛めてしまうだろう。私の両足の膝も雪嶽山の登りで調子を取り戻しつつあったが、一気に痛める可能性もあり、ここで痛めると明日の五台山登山ができなくなるので、より慎重に下っていった。登山口で買った杖は、丈夫そうだが、一杯にのばしてももひとつ短いし、サスペンションもついていないので、十分休憩をとりながら無理をせずに下ることとする。
7:00前に座り込んで、パンとクッキーの朝食をとりながら小休止する。すると下の方からなにやら異様な集団が登ってくる。その数名の集団は、みんな大きな三画のマークの入ったオレンジのビニールベストをしている。ゴミ袋などを持っていることから、おそらく登山道整備員なのだろう。一人は、チェーンソーまで持っている。この登山道に倒木が道をふさいでいたり、ゴミがほとんど落ちていないのは、この人達のおかげかも知れない。ただ、そのことが山歩きの装備としては無謀とも思えるような軽装備での山歩きが可能しているとすれば、山と人の在り方に対する態度や姿勢に疑問を感じる。山登りはさまざまな障害や困難があるからこそ得るものもあり、畏敬の念も生まれるというものであるからだ。ただ、登山道が人間による執拗なアタックでえぐれてしまっている日本の山を見ると、それもどうかと思っている。
山頂部分では静かな一人歩きだったが、ぽつりぽつりと登山者がすれちがうようになった。彼らの登りも終わりに近づいているのだが、ひたすら登りの急坂にさすがに口を利きたくない様子。しかし、登りと比べると互いの挨拶はよくする。この登山道は千仏堂渓谷と違って、頂上までほとんど景観のない一本道だ。苦しい登りにあえぐ人は、出会う人には何かすがりたいものだ。おそらく頂上までの距離とか時間を聞きたいのだろう。「アンニョンハセヨ」の交換だけではなくいろいろと聞いてくる人が5回に1回くらいはある。最初は聞こえない振りをしたり、「ナヌンイルボンサーラムイミダ。」と言って困った顔をして見せたりしたが、相手にもなぜちゃんと答えてくれないのかよくわからないのか、けげんな顔をする。「アジョシ...」と若い女の子からすがるような目で声をかけられても、何を答えてよいのか分からず、ほとんど無視するように避けるのは辛かった。では、私の知っている語彙でどう伝えるか考えていると、英語が通じるかも?とピンとひらめいた。「エクスキューズ。アイムジャパニーズ..」と困った顔をして言うと、最初びっくりしたようだったが、すぐに分かったという顔をして軽い挨拶をする人が多い。どうもこの手がいいようだ。ほとんどの場合、簡単な英会話ですぐに分かってくれる。もちろん英語も日本式の発音ではわかりにくいらしいので、思いっきり英語チックにだ。中にはそれでも聞いてくる者もいる。さらには「さようなら」とか「こんにちは」などと、日本語を知っている人は、明るく声をかけていってくれる。早く簡単な会話程度はできるようになりたいものだ。
なお、休憩する人はやたら携帯を使っているようである。どうも、だいたいの場所で通じるようで、「ヨボセヨ」の声がやたら耳につく。また、休憩しているとシマリスが寄ってきた。頂上付近では見えなかったので心配したが、久しぶりのお出ましだ。その時、他方からもう一匹のシマリスがやってきた。それに気づくと最初にいたシマリスは、後から来たシマリスを威嚇し、すごい剣幕で追っかけ回しはじめた。なかなか動物の世界もシビアだ。シマリスの運動会は半径5mほどの円を描きながら1分ぐらい続いた。木の枝にはヤマガラ?や黒い縦縞のある小鳥もきてさえずっている。登るときは白黒のツートンの美しいカササギも迎えてくれた。一人の山行は、いろんな野生動物に出会えるという点で、集団登山にない味わいがある。
2002' 8/26