神南山は鉱山の山であったので、山全体に多くの坑道が掘られている。けんちゃんの家も大久喜鉱山に近いので、けんちゃんもいくつかの廃坑となった坑道を知っていた。そのうち僕たちもその一つに探険に行こうという話になった。けんちゃんは、危険に対しては臆病とも思えるほど慎重である。そのけんちゃんがすすめる坑道であるから、私も安心して廃坑探険という新たなミッションに挑戦することにした。
そしていよいよ廃坑探険の日となった。懐中電灯片手に洞窟探険というのが、私のイメージだったが、けんちゃんは、何もいらないと言う。灯りは?と聞くと、けんちゃんは、「まかしとけ。」と言うのである。当日、けんちゃんの家に行くと、けんちゃんは空き缶をもって待って出てきた。そして、灯りを採りに行くと言って、松林に入っていった。そしてきょろきょろ何かを探していた。そのうち、けんちゃんは松の木の幹についた白っぽい固まりをはがしとって言った。「これが松ヤニじゃ。これを燃やせば灯りになるんよ。」私には、松の幹についているこんなねちねちした固まりが、明るく燃えるとは思えなかった。けんちゃんは、空き缶にいっぱい松ヤニを集めると、「これくらいあればいいじゃろ。」と言い、マッチを握りしめて、さあ行こうと私に合図した。
神南山の中腹に八代団地という鉱山関係者の住宅があった。その団地の近くに大量のこぶし大の石が山があった。それを登ると奥に大きな坑道が口を開けていた。まず入口で松ヤニに点火した。空き缶には拾った釘で穴を開けて、針金を通して生木の棒の先にぶら下げる。柄の長い提灯のような感じで持つのである。火は最初はなかなか点かなかったが、いったん燃え出すとすごい火力である。坑道の中に持って入るとかなり明るい。ただ、黒煙(すす)が結構出る。でも、広い坑道なのでそんなことはあまり気にならない。
私たちはまるでキャンプファイヤーをしながら、坑道に入っていくようだった。揺れる炎の光と、それにともなって踊る自分たちの影だけでも、結構楽しめる。穴の中では、音の反響が大きいので、声も変化する。いろんな声で叫びながら、奥へ奥へと慎重に進んでいった。坑道には、昔、レールがあったようで、枕木のような太い木がゴロゴロしている。ときどきぼろぼろのもあって、それを足で崩すのも楽しい。側面にも木の柱が組んであって、坑道が崩れないようになっている。ときどき天井から水滴が落ちてきて、首筋なんかに当たるとびっくりする。また、思ったより深い泥水の水たまりに足をつっこんで、大騒ぎになることもあった。
そのときである。キキッと音がしたかと思うと、目の前を大きな黒い固まりが横切った。私は驚いて尻餅をつくし、よっちゃんは壁に張り付いてしまった。しかし、けんちゃんは平気で、「こうもりよ。」と言った。そういえば、羽音のようなものも聞こえたが、数十羽の大群が目の前に迫ったのであるから、わからなかったのだ。しばらく行くと、けんちゃんが天井の一角をさして、「あれがコウモリよ。」みると、ものすごい数の何かが固まってうごめいている。顔は不細工で、口を忙しく動かしている。小さな音でキイキイとも鳴いていて、不気味な光景だった。そのうち、すすにいぶされて、どんどんと飛び立っていく。けんちゃんは「別にわるいことはせんけん、平気だよ。」と言うのだが、少々引き気味であった。そんなことをしているうちに、火も弱くなってきたので、小一時間ほど洞窟探険を楽しんで、廃坑の外に出た。
坑道を出たところの石の山には、よく見るときれいなものもある。それが銅鉱石で、緑や青、光の具合では虹色に輝いてきれいだ。いくつかの銅鉱石をポケットに押し込んで持って帰った。特に富士山の形をした銅鉱石はお気に入りで、ぼくの宝物の仲間入りをした。この廃坑探険では、ほかに特別なこともなかったがのだが、その日以来、私は洞穴の魅力にとりつかれてしまった。
ある日、けんちゃんは、大洲市の大川というところに、鍾乳洞があるということを聞き出してきた。鍾乳洞というのは、洞窟を流れる水の中の石灰分が洞窟をおおっている白い洞窟のことである。そこは、五十崎町に対して、ちょうど神南山の裏側の地区である。行くには、ちょっと勇気のいる距離である。それまでに高知県の龍河洞に入ったことがあったが、近くにもそんな白い石柱や石筍(タケノコのような形の石)のある鍾乳洞があることは初めて知った。そして、私たちは、遠征を決めた。そして、その日が近づくにつれて、鍾乳洞への期待がふくらむのであった。
小田川と肱川の合流地点から菅田の方へ少し下ったところが大川である。そして、けんちゃんの案内で、大川の鍾乳洞に到着した。中は確かに鍾乳石でできた白い洞窟であった。しかし、予想した多くのノコギリ状の鍾乳石や石筍はほとんど残っていない。そして、多くの人が来たために、靴の泥で汚されて、その白さもくすんでいる。それなりに楽しんだが、鍾乳洞への期待が大きかっただけに、ちょっと不満の残る遠征となった。薄暗くなった道を自転車で帰る道を少々不満げに無口で帰る姿に、けんちゃんも困惑気味だった。しかし、この遠征は後に人生でももっとも感動の鍾乳洞遠征への序章となったのであった。けんちゃんは、いろいろと知り合いや親戚の人に聞いて、まだ未知数の鍾乳洞があることを発見したからだ。