水道ができてからは、じゃぐちをひねればすぐに水がでてきます。そして、現在では炊事はもちろん、風呂や洗濯、さらに水洗トイレなど、いろいろな面で水が豊富に使われています。汚水は川に流され、昔は飲み水として使われていた川も今では汚水をはじめ、消毒液などで、とても飲むことが出来ません。それに、私達は水を平気で捨てています。それは水に対してのありがたさを本当に分かっていないからです。本当に水のありがたさを知っているのは私達のおじいさんにあたる年代の人からだと思うのです。
祖父は
「水道が出来たばたりの時はもったいなくて使うことができなかった。」
と言います。だから現在の私達の水の扱い方を見ると「もったいない」と思っているでしょう。
昔、ある地域では水不足がもとで「めくさ」という病気があったそうです。その原因は水が少なくて、顔を洗う時は家族みんなが同じ水で洗っていました。だから、家族の人が一人でも病気であれば病気が目に移ってしまうのです。この地域ではこの病気がとても多かったそうです。
終戦後まもなく水道が作られました。今までとても大切だったため池も使われなくなり、取りこわされて、他のものに使われていたり、残っていたとしても、もうその水はとても飲むことができません。
水道ができて、人々の苦しい水不足は終わりました。でも、この地域の多くの人々は今でも水を貴重で大切なものとして使っています。水の貴重さを知るためには、一度、昔の生活の様子を聞いてみて下さい。そうすれば、必ず水を大切にしようという気持ちがおこってきます。
私が祖父にこの話を聞いている時に川の水の話を聞くと、私の予想以上に祖父は、
「川のみずはとてもきたなくなった。」
と批判しました。日本のいくつかの川にまだきれいな水が残っていても、多くの川の水はよごれています。川の水は海に流され、海の水も汚くなっています。
川の水は私達人間の努力によって、昔の川に近づくことができます。だから本当に小さな所にでも目を向けて、そこから昔のきれいな川をつくりだしたいです。そうすることで水を大切にする心が育っていくと思います。
私達の地域は南予の野村ダムから水が引かれています。南予用水ともいわれているもので、この三崎町までの遠い道、いくつもの山をめぐってやってきている水です。その野村ダムも川の水がもとになっているのです。川の水を汚さないようにする心を持ちたいです。