また、三ヵ月後には、満州の虎林(こーりん)という所で、毎日人を殺す訓練ばかりをやっていました。
零下四十度の寒さでの半身裸体の寒稽古をして鍛えられたのです。
軍隊生活に入った年から一年後の昭和十八年十一月、飛行隊員としてラリンへ転科をいたしました。
さらに十九年五月、フィリピンのネグロス島のサラビヤ飛行場へ着任しました。
これた後は満州と一変して常夏の地であり、毎日雨の降らぬ日はありませんでした。
大東亜戦争とは、今でいう太平洋戦争です。
戦争とは、人が人を殺すという、なによりも耐えがたいものなのです。
ですから私は、戦争は絶対にしてはいけないと、肝に念じております。
私が少し抵抗があるのは、日本では敗戦を終戦と呼び、占領軍を進駐軍と言っていることです。