そこからのんしら山の山頂部をトラバースしたところに、見晴しのいい(二名津の絶景が見える)野原(?)がありました。そこで、しばし休憩(?)をしました。
ふと見ると、そこから、眼下に見える二名津の街に向かって、砲丸投げで鍛えた腕を使って、雪を投げまくっていたKさんがいました。彼女の口からは「○○のバカヤロー」という言葉が発せられていました。彼女に何があったのでしょう。・・と思っていると、HさんとM君までもが、青春をこの地でかみしめていました。Hさんだけが仲間に入れてもらえず、ちょっと不機嫌でした。
そしていよいよ本題のはちまき岩の調査です。今度は、尾根づたいの道を下山しながらの調査でした。少し下ると、森の中に写真のようなでっかい岩がありました。それが噂のはちまき岩だと思われます。写真のようにせり出しているので、この岩は昔二名津の人家に落ちてくるのではないかと心配していたそうですが、今は木々が生い茂って街からは見えません。
私が調べてところ、昔は二名津小学校の卒業生名簿に、たくさん兵頭という名字があったのに、だんだん減少し、今は二名津に兵頭という名字は残っていません。しかしこの物語を話してくれた中井のおおばあちゃんは、養子の兵頭功さんが今、兵庫県くわはら郡中町うわというところに住んでいるそうだといっておられました。
このようなすごい昔話の残るはちまき岩ですが、捜索隊は一通りはちまき岩を調べた後は、それどころじゃないんだといった感じで、転がるように下山しました。特に写真のように委員長はこけまくっていました。途中で獣のフンのようなものもありました。もしかしたらこの兵頭の話に出てくる、恐ろしい猫の子孫のものなんでしょうか。さらに、井戸も発見。行きにもあったのに・・・どうしてこんな所に井戸があるのでしょうね。また貞子が関係してるのでしょうか。
険しい下山路をおりているうちに次第に捜索隊の口数はなくなり、自分の命は自分で守らなければ、二名津には帰りつけれないことに気づき始めました。甘ったれた気持ちでこの道を下山していたら、私たち捜索隊はもう帰らぬ人になっていたかもしれません。
しかし、険しい下山路との勝負に見事勝利し、午後三時半頃無事捜索終了しました。
そのつらさに、二度と行くかと思った捜索隊でした。白い靴もどろどろ。ちゃんと洗ってね。