春川への汽車の旅

 8:15頃、改札に一般人のような格好のおばさんが立ち、改札が始まった。便も少ないので、改札は基本的に1本の列車に対して行われる。そういう面では旅行者には安心である。改札が終わって左のホームに降りると、右手にもムグンファ号が停まっていたが、掲示はイルパンホムなので、他の客が行くのを確認しながら、ずっと先に停まっている汽車へ向かう。自分の席はすぐに分かった。時間もあるようなので、ホームに降りて汽車の前まで行き、写真を撮った。交通機関を撮るのはちょっと不安があったが...。
 8:40、約5分遅れで、この木槿号は出発した。席はほぼ満席のようだ。私は運良く窓際だったのだが、この開閉できない二重の窓の内側がくもっているために外の景色はぼんやりとしか見えない。席は割合ゆったりしている。ソウル市内はとろとろと汽車は走る。どうも一般の国鉄は電化されていなくて、このムグンファ号も先頭のディーゼル機関車(昭和40年代には日本でもよく見られた)が客車を引っ張る列車である。
 汽車の旅は、南楊州郡の町々を通り、やがて再び北漢江やその支流の谷を進む。そのあたりは日本語の詳しい地図もなく車窓の景色はぼんやりとしているので、同定もできず退屈で仕方ない。時々けたたましい車内販売のアジョシがまわってくる。やがて景色の山々がなだらかになり、高層アパートが見えてきた。春川市に入ったのである。まず、南春川駅に列車は着く。かわいらしい田舎ののどかな駅であるが、ここで客の半数近くが降りていった。春川駅は終点なのだが、ちょっと不安がよぎり、ドキドキした。
 午前10時過ぎ、約1時間40分の汽車の旅は終わり、春川駅に着いた。道庁所在地ということで小さな駅ビル程度は予想していたが、ほとんど南春川駅と変わらないかわいい駅である。汽車から降りてホームから線路を横切って駅舎へ向かう。ホームを降りたところに駅名と「人和」と書いた石碑がこんもりとした植木に囲まれ迎えてくれる。この碑にはどんな願いが込められているのだろうか。北朝鮮に近いこの地ならではの苦悩の歴史と思いがあるに違いない。駅舎は切符売り場と待合室に分かれ、日本の駅に似ている。待合室には売店もある。
 これから春川の街を散策して昼食をとって、昭陽湖へ向かう予定である。地図では駅の後ろは春川湖、街は正面にあり、歩いても知れている距離である。ところがである、駅から出た私の目の前には、有刺鉄線付きの3mものコンクリート塀が延々と駅の正面に続いているのだ。それも駅は高台にあるためか近くの町並みはこの塀に遮られみえもしない。、駅と街とをさえぎるその塀は何かというと、なんと幅2〜3kmもの米軍基地があるのだ。そして駅の両横には食堂が数件、旅館のようなものが数件あるが、それより向こうには何もない。地理的に軍の拠点であるのだろうが、ちょっと南のバスターミナルの近くに駅を移転したほうが、現実的ではないのか。

   2002' 8/23