ケッペ

 18:20、再び束草に着いたが、束草に入ってからは、どこでバスを降りたらよいのか分からない。明るい内にケッペに乗りたい。できれば市庁あたりまで行きたかったが、市外バスターミナルまできて、その後どう行くか分からないバスに乗るのは、不安なので降りた。街を南下し、ケッペに向かう。途中アウトドアショップがあるのに気づく。市庁前を通り、もうそろそろかと思ったとき、ふと上を見上げると、チンヨン病院前の電柱の上に「秋の童話」のケッペでの出会いのシーンの看板が掛かっている。道路を渡り、路地に入り、海の方に向かう。向こうにケッペらしきものが見えるが、海沿いには店を横切る必要があるようなので、もう一つ向こうの路地に入り直す。
 正面にケッペが見える。まことに不思議な乗り物である。向こう岸との距離は百mほどで、海中に1.5cm経のワイヤーを通してある。そのワイヤーを上に通した船というより小さな浮き桟橋(これがケッペ)が2隻ある。ワイヤーは船の中央を通っていて、そこに写真のように独特の形の金具を引っかけて、乗っている人が引っ張ると、船が反作用でその反対側に動くという仕組みである。何と単純な動力であろうか。ワイヤーは潤滑と防錆のためのグリスでべとべとで、そこを行き交う船も多いというのによく引っかけないものだ。
 私もさっそく乗ったが、料金を取る様子はない。見ると対岸(半島側)に小さな小屋があってそれが料金所のようだ。時間帯にもよるのだろうが、客は私以外には小学生が3人と高校生くらいの女の子が1人だけである。各船には船員が一人乗っているが、一人の力では船はなかなか動かない。ウンソやジュンソはやらなかったが、早く渡るためにも乗っている人も金具を持って引っ張って進める。最初、ケッペを引っ張る写真を撮ろうと思っていたが、小学生が一生懸命引っ張っているのに、大の男がほっとくわけにはいかない。私もさっそく金具を手にとって引っ張る。引っ掛けるのにちょっとこつがいるが、なかなかおもしろい。外から見ると、客が進む方向と逆に行進しているわけで、途中でもう一つのケッペとゆっくりとすれ違う。「秋の童話」で、すれ違いの場面に使っていたが、これはまさにその場面には絶好の乗り物だ。オウ・スヨンも以前からこれをドラマに生かしたいと思っていただろう。と思っているうちに対岸に着き、プレハブの料金所のアジュマに150wを支払う。対岸のアボイ村の民家は小さな家が肩を寄せ合うようにひしめき合っている。ドラマではここにウンソの実母の家があった。
 ちょっと南に歩き、路地に入り海に出てみる。堤防に上がると砂浜の海岸が広がっている。家族でじゃれ合っている人もいる。堤防の外には鉄道のコンテナを利用し、立派な金網の柵まである家もある。半島の先の方まで行き、堤防に登るとこの海峡を通る多くの漁船が見えるが、それと同時に舗装された広い道ができているのに気づく。今は、ケッペの数十メートル前で工事は止まっているが、やがてその道路が延長されるのは確実である。韓国では強制執行が生きているという。もしかすると今のケッペの風景はこの道路により、大きく変わると考えられる。
 工事中の道路に下り、ケッペに戻る。途中、港湾管理事務所のような建物がある。そして子どもの遊ぶ声が聞こえる。何とじゃんけんをしているではないか。かけている言葉は、覚えようとしたが忘れてしまったが、その出し方やグウチョキパーは日本そのものである。
 150wを支払い、再びケッペに乗る。今度は観光客もいて動力に余裕があるので、あたりを見渡す。と、何とケッペにも「秋の童話」のパネルがあるではないか。(右写真)ウンソとジュンソがすれ違う瞬間の場面でこれも無理矢理引き延ばした画質の悪いものであるが、ごちゃごちゃと説明が多い。おそらくドラマの説明が書いてあるのだろう。何枚か写真を撮って私もケッペを引っ張る。さっきより余裕のつもりだが、ちょっと慣れた頃が危ないのは世の常。うっかりワイヤーにズボンが触れてしまい、汚れてしまった。対岸についた頃は午後7時をまわっていて、そろそろ暗くなりかけてきた。南に少し歩くと食堂が並んでいて、お腹もすいたし、気にいるところがあったら入ろうと思ったが、どうも海産物についての予備知識がないのと、日本とそんなに変わらない食べ物が多いみたいなので遠慮した。
 食堂街からメインストリートを横断して市場に向かう。この辺が束草の一番の繁華街らしい。信号を待つ間に道の両横には多くの人が集まってきた。軍人も多く、中にはキャバイ格好の彼女を連れて歩く姿も見られる。軍人は若者なのでちょっと違うが、戦後のGHQを彷彿とさせる光景である。
 市場はどこも変わったものではない。生活雑貨から食料までなんでもごちゃごちゃとある。ウンソとジュンソは逃避行で、自分たちの衣服を買うのに市場を使っていることから、ほとんどの年齢層が市場を利用していると考えられる。アーケードのような所をまっすぐ行って、おおよそ市場の端でターンし、道沿いのパラソル街を見て回る。ここは港町束草の特徴である新鮮な魚介類がずらりと並び、賑やかである。

   2002' 8/24