ペクム洞の夜

 18時半ともなると、さすがに森林の中は薄暗くなってきた。急がないと真っ暗になってしまう。道は石が敷かれており、迷うことはないだろう。吊り橋を渡ると、ハドン岩という大岩がある。そこからペクム洞までは、まだ1.8kmもある。やがて、7時をまわると夕闇はぐんぐんと深まり、ついにライトがないと歩けなくなってしまった。ふとライトに白い注意書きが浮かび上がった。読んでみると「幕営禁止!もしこのあたりでテントを張ってキャンプしたら、50万wの罰金」と書いてある。下山中も登山者と何度もすれ違ったが、不思議なことにこの時間になってもぽつりぽつりと登山者に会う。ここから登って山荘に着くのは深夜になることだろう。
 完全に夜道となった山道を下っていくと、傾斜も緩くなり、ペクム洞が近づいたのがわかる。しかし、もう足はがくがくでゾンビ状態の歩みになってしまっている。前方から多くの人の声が聞こえてきた。かと思うと、いきなり開けた空間に飛び込んだ。なんと大きなキャンプ場である。大きすぎて下山路がどれかわからない。とりあえずそのキャンプ場を横断すると、車道に出たので車道沿いに下ることにした。結構歩いて、やっとペクム洞の公園事務所にたどり着いた。入山の時にもチェックがあったので、ここでもチェックされるかと思ったが、全くのフリーパスだった。これでは、山を夜間縦走しても特にとがめられるということはないだろう。さて、下山したはいいが、この時間にバスはないだろう。宿泊施設があればいいのだが...。
 国立公園のゲートをぬけ、しばらく下ると川沿いに土産物屋が並んでいる。キャンプ客なのだろうか川沿いに縁台が並んでいて、酒盛りの歌声も聞こえてくる。道沿いの土産物屋の前(写真右:写真は次の朝に撮った)アジュマが、こちらに寄ってきた。普段なら遠慮する雰囲気だが、「ミンバクあるよ」の声に話にのってみることにした。最初、3万wというので渋い顔をしてみると、2万5千Wでいいという。部屋に案内してもらう。途中中庭のようなところを通るが、そこにブロックで1.5畳ほどの小屋ができている。ここはシャワールームだという。一応シャワーがあることを確認し、長屋のような建物の奥へ向かう。建物の端に入口があり、置いてあったブロックに靴を脱ぐ。狭い廊下に上がる(写真左)と、右の部屋に案内された。3畳ほどの小さな部屋は、壁は白く紙で被い、唯一ある窓の格子には障子が貼られている。隅に極彩色の布団があり、天井にぶら下がった小さな蛍光灯をのぞけば、まさに時代劇にあるような韓国風の部屋である。これなら1万wでも高いぞ、と思ったが、ここまで来て断るわけにも行かず、2万5千wを支払う。ここでもう一つ確認すべきことがあった。それを聞かなかったために、翌日大変な目に遭うのである。
 シクサができないか聞いてみると、店の方にこいという。すぐに店の方に行くと、縁台の一つ(写真右:翌朝に撮ったもの)に案内され、山菜ビビンバ(だったと思う)が出てくる。マッコルリも頼むとこれも食べろと、名物だと盛んに宣伝する茶色い豆腐のような食感の四角い棒状のものを主人がたくさん持ってくる。かえって調べるとドングリの豆腐だそうだ。おなかがすいていたのと、うまいマッコルリを飲みながら川沿いの薄暗い席で食べる夕食は、何か妖しく、まさに異境の地に来たような趣があった。主人も日本から来た珍しい客にいろいろと話しかけてくる。
 食事もすんだし、登山の汗を流すため、シャワーでも浴びようか。タオルと着替えを持ってシャワー小屋に向かった。ところがである。小屋の中にはイスが一つと、ポリの大きなゴミ箱があるだけではないか。(写真左:これも翌朝撮ったもの)上部にシャワーらしきものはない。目をこらしてよく見るとゴミ箱にホースが一本入っている。そのホースをたどると蛇口があった。水をホースから出して、それを浴びるってことらしい。小屋まで作っているなら、一応シャワーに見えるものにしていてほしい。シャワーもとい水を浴びたら、部屋にはいる。本当に殺風景な部屋である。テレビなんかもちろんない。酒もないが、今日は予定以上に歩いたから早々に寝ることにする。

   2003 08/14